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日本玄承社

新し - ARATASHI

2026年2月28日 - 3月30日

今回の展示は日本刀をめぐる既存の位置づけを、この展示で更新しようとしているわけではありません。

 

工芸であり、武具であり、文化財でもある。
日本刀は長い時間をかけて、いくつもの文脈のなかに置かれてきました。そうした整理の仕方が積み重ねられてきた一方で、その内側だけでは言い切れない制作のあり方が、いま、確かに存在しているようにも思われます。

 

⼑をつくるという⾏為が、現在進⾏形として続けられています。それを担っているのが、⽇本⽞承社という三名の制作者による協働です。保存や継承のためだけに続けられているのではなく、この時代において、あえて⼑をつくり続けるという判断を、その都度あらためて選び取りながら続けている⾏為でもあります。

 

その一振は、樹脂によって覆われた状態で、この空間に置かれています。保護や装飾を目的とした処理ではありません。刀が本来背負ってきた機能や即時的な意味を、いったん静かに脇へ置くための選択です。切ることのできない状態になることで、力や用途から距離を取り、形や時間、制作の判断が前に出てくる。過剰な物語をまとわないひとつの造形として、制作の痕跡だけが、淡く残されています。

 

ここで行われているのは、日本刀の再定義ではありません。伝統を現代美術へ翻訳することでもない。
日本玄承社による制作が、いまもなお現在形の行為であり、その判断と手仕事が、この時代のなかで一振の形をとって存在しているという事実を、現代美術の場に、静かに差し出しているにすぎません。

 

 

※なお、本展の構成にあたり、小嶋庵にも提灯のご協力をいただきました。

「日本刀はただの武器なのか

刀鍛冶の世界に飛び込んだ時は、最高の機能美を持つ日本刀をただ作りたいという思いでした。

いざ日本刀について学び始めるとただの武器ではなく、持つ人の「お守り」 、代々受け継がれる「宝物」 、そして精神的な寄り所になる一面があることを知りました。

実際に日本刀を打って欲しいというお客様とお話すると、今の方々も同じ思いを日本刀に対して抱いているということに気づきました。

持つ人の唯一のものにしたい、そんな思いを込めて日々、刀を一振り一振り打っています。

 

昔の刀を見ると、当時の刀鍛冶の工夫が見て取れます。

馬の上から使うのか、歩いて使うのか、どのような恰好で戦うのかなど、その刀が作られた時代に思いを馳せることができます。

そんな昔の刀を見ると、今を生きる刀鍛冶として打つことができる日本刀が何かあるのではないかと考えます。

「よく切れて、曲がらず、折れない」は守りつつ、戦のない今を生きる私たちだからこそ打つ日本刀。

その思いから武器としての一面をあえて抑え、重要な要素の1つである「美」に大きく振り切った作品、樹脂に封入した日本刀を考えました。

「新し ARATASHI」

新しくないものの新しい価値

新しいの古語から銘を切りました。

平和の象徴という思い、日本刀の「美」を感じて頂けたら幸いです。」

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- 日本玄承社

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